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月曜日。カーテンの隙間から突き刺す冬のあかるさで目が覚めた。時計に目をやると、丁度アラームの鳴る2分前だったのでそのままアラームを切る。長いこと圭吾の朝食を作り続けていたせいか、毎朝大体決まった時間に起床できる体質なのだ。身体ごと改造されてしまったみたいだなと思いながら起き上がり、ベッドの隣にある鏡台の前で軽く髪の毛を整えてリビングへ向かう。早朝の真新しい空気が家中を漂っていた。その中を歩いているとまるで私が異質みたいに感じてしまう。まるで温度の違う生き物みたいに。

 

朝食は4枚切りのトーストを一枚とスクランブルエッグ、ベーコン、サラダ。一人分しか作らないので15分もあれば支度が出来る。圭吾が降りてくるのも15分後だから丁度良い。彼は食べたらさっさと仕事にいってしまうし、朝は気が楽だ。今日も私の見送りなど必要ないと主張しているみたいに、食器を流しに置いたらそのまま玄関へと向かって行く。なので私は少し慌てるーーー素振りをしてーーー玄関先で彼を見送る。

 

「今日は雨が降ったり止んだりするみたいだから、気をつけてね。」

開けたドアの隙間からは見えた灰色の雲は、鉛のように重たく建物の上にのしかかっているように見えた。今日は例の彼女と会う日だ。寝室に戻りクローゼットの中を見渡す。

当たり障りの無い服を適当に選んで、袖を通しながら考えた。あの時わたしはどうして。

 

12時前に駅前のロータリーに行くと、もうそれらしき人物が立っていた。電話を掛けると、遠くで携帯を取り出す動作が伺える。

 

「もしもし?おはよう。今ロータリーにいるのだけど、あなたベージュのスカート履いてる?」

 

目の前にある青い車だと伝えると、ベージュのスカートを履いた人物がこちらに向かってくるのが分かった。車から出て、助手席のドアを開ける。

 

「おはよう。あなたが神崎さんね?」

「おはようございます。わざわざありがとうございます。」

「こちらこそいきなりごめんなさいね。とりあえず乗って。寒かったでしょう。」

「雨が降る前にみつけられてよかった。お願いします。」

 

見た目の割に落ち着いた声が車内に広がる。お腹は空いているかと訊くと、首を横に振ったので、駅から少し離れた喫茶店へ入った。運転中、彼女はずっと私の指を見つめていた。あの時みたいに、まつ毛の影を頬に落としながら。

混んでいるかと思った店内は、こんな天気だからか思ったよりも空いていた。窓に近い席に座ると、冬の低くて白い陽射しが眩しい。

コーヒーと紅茶を頼んで、煙草に火をつける。 彼女の形の良い目が、再び私の指を見つめていることに気付いて思わず声を掛けた。

 

「指をよく見ているのね。」

「大人の女のひとの手がすきなんです。綺麗だから。」

「そうかしら。」

「安全な感じがするの。」

「安全?」

 

触っても大丈夫な感じがするんです。男の人の手は、触るな危険だから。

消え入りそうな声で彼女は呟くので、私は少し黙り、彼女の頬に触れた。ほとんど、ほとんど衝動的と言ってもよかった。思考より先に手が伸びていたから。

 

「私の指は安全よ。この通り。」

 

頬に触れた指でそのまま頭を撫でると、彼女は少し驚いたような顔をした後、可笑しそうに笑って言った。

 

「男のひとの手とは全然ちがう。やっぱり安全だわ。」

 「そう。よかったわ。嫌ではない?」

「私はたぶん、予期せぬことに惑わされるのも好きなんです。」

 「惑わされるって。」

 

思わず笑ってしまったところでタイミングよくコーヒーと紅茶が運ばれて来る。 私たちはそれを飲んで、あとは、それでおしまいだった。帰りの車の中で診察券を返して、家の近くまで送った。

一人きりになった車の中で考える。あの時、「男の人の手は触るな危険だから」とつぶやいた時のあの顔。明らかにどこか欠落しているのに、満ち足りたような声。諦めたような、受け入れたような微笑みや私の手を安全だと言った時の目を思い出す。それと、あの時の私のほとんどの衝動。あの時私は彼女に何と言えばよかったのだろうか。あんな、初めて話す一人の女の子に向かって。

雨が大粒になって来る。次々と打ち付けてくる雨粒に私はワイパーの速度を速めた。信号を見誤らないように。